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デザートは別腹

日常生活のカメラとお金とデジモノと健康。デザートは別腹へ。

震災4年。それでもまだまだ生きている。

震災から4年。

まだまだ4年。もう4年?

あの日あの時から世界がぐるりと変わったし、価値観も変わった。

 

トピック「被災」について

 

週末金曜日、一番忙しい時間。二時半締めの発注データの最後の確認をして、土曜日の処理を終えたら山は越える。15分ごとに来るデータで追加が来てたら、困るから最後の最後、ちょっと余裕をもってあと一分。って、時計とにらめっこしている時に急にめまいが。

ゆらゆら揺れてると思ったら地震だった。ていう。

 

すぐに収まるかと思ったらなかなか収まらなくて気持ち悪くなるレベル。

外に出て避難して、みんなで携帯のテレビを点けて状況確認。フジテレビが燃えていた。。

震源は東北と聞いてとっさに思いだしたのが小学校の頃の社会の授業。

 

東北のこのあたり(三陸)はリアス式海岸といって、特殊な入り組んだ形をしているから、地震が起きて津波がくると、力が増幅されて大きくなってしまう。

 

何故か、このことは鮮明に覚えていたので。「津浪が危険」と思った。

「そんなのちょっとだよー。予測だと60センチ」と、文字通り流されたけど、時間を経過して見たら本当に物凄いことになっていた。

 

繰り返し来る揺れなどで、仕事をする状態じゃなくて全体的に仕事は中止。

各自落ち着いたら帰っていいよと言われたけど、電車もバスも混んで居るだろうから下手に動くよりは安全な職場に居た方がいいと判断して会社に残ってた。

電車が止まっていたし、道路も大渋滞だったからそれが本当に正解だったけどさ。

 

軽く思い出しても鮮明な記憶。

我が家は高台にあるから安全で、当時の職場も海に近いけど逃げる場所もあるから安全。だけど、その間で被災したらどうなるのか。

放射能やらで食品はどうすればいいのか。

なんて色々と悩んだ時期もあったけど、いつでも被災しない場所に居るには自宅に引きこもっていなければならないし、食品の安全を考えるときりがなくなる。多少産地は考えるけど、気にしてたら何も食べれない。ひたすら自分が選んだ「安全な」食材で料理をつくらなければならない。と言うのは無理だ。

なるようにしかならない。なーんて結論づくまで結構大変だった。。。 

 

でも、人間、生きているんだから、死ぬまで頑張って生きていくしかないんだよね。 

こうなってくると哲学になってくるからやめておく 

 長いようで短い。まだまだ復興は半ばだろうけどこの事については東北に住んでいないからなんとも言えない。